- 人形茶屋 -

私は森の中で道に迷いました。
ちょっと近道できるんじゃないかと思い
興味本位で横道に入ったのでした。

道は奥に行くほど深い森になり、
引き返そうと思いましたがもう遅く
来た道がどちらか分からなくなってしまったのです。
1時間ほど迷い、だんだん
日が暮れてきた頃だったでしょうか。
木に隠れていますがうっすらと
明かりが見えたのです。

私は長く歩いて疲れていたのと
道を聞きたかったので
怪しむこともなくその明りの方へ足を進めました。
そして草をかき分けて進んでいくと
一軒の茶屋が現れました。
時代劇などでよく見るまさにアレで
旗に「人形茶屋」と書いてありました。

喉が渇いていた私はさっそくのれんをくぐり、
店の中に入っていきました。
「ごめんください」

私が言うと奥からカラカラ…と音がし
何だろうと考える前に音の正体は姿を現しました。
身長30cmほどの日本人形がお茶を運んできたのです。
私がお茶を受け取ると奥の座敷のふすまが開き
茶屋の主人がこちらに向かって言いました。
「やぁやぁ、遠くから来て疲れたろう。おはいり。」
せっかく入ったのだから、と私は
靴を脱いで座敷に入りました。

しばらく談笑しているとだんだん落ち着いてきて
私の頭にある疑問が浮かんできました。
こんなところに店があるのはなぜか。
思いはしましたが口には出さず
隠居した老人が隠れ宿を営んでいるのも
おかしくない話なので黙っていると、主人が
「どうやらなぜこんな森の奥深くに
 茶屋があるんだろうなんて考えているんでしょうが、
 これが長い話になりましてね…」

主人が言うにはつまりこういうことだった。
もともと主人はお坊さんをやっており、
お寺で人形を引き取って供養していたと。
たちまちお寺は有名になり全国から
供養してほしいと人形が送られてきて、
困った主人は人形を改造して
人形茶屋を営むことにしたそう。

「いやはや、人形茶屋なんて今どき
 流行りませんからな。こうして
 森の奥でひっそりやるのが
 丁度私の性分にも合ってるしいいんですわ」

主人が話し終え、茶菓子を持ってくるといい立ち上がろうとしたとき、
急に電池の切れた人形のように動かなくなってしまいました。

私がどうしたのですか、と話しかけてもまったく
聞こえていないようでこれにはさすがに
心配になってきたので主人に駆け寄った
私は大変驚いたとともに吐き気がこみ上げてきました。

主人の背中は腐り落ちていて、ウジ虫が湧き
極めつけに背中の中に歯車が付いていました。
その歯車がウジ虫を巻き込んでしまい、
それが原因で動かないようでした。

私は何を思ったのかそのウジ虫を取り払いました。
すると歯車が動きだし、主人が口を開きました。
「さて、茶菓子でも持ってこようかしら。
 あれ、どうしてわたしの背後にいるんですか」

私はあんなものを見てしまったので
早々に店を出たく、そのため茶菓子を断り、
座布団から足を上げくるりと玄関の方を向いたときです。

壁の裏側を見て私は小さな叫び声を上げました。
なんと、壁にびっしりとごきぶりが這いずりまわっていて
正面からは見えませんがときどき下に落ちてきていました。

私は主人が止めるのも聞かず、
逃げるように店を出ました。
そこから先は死にもの狂いで走り続けました。

森、森、林道、林道、林道、あぜ道、田んぼ、道路。

この出来事からもう2年は経ちますが
未だにはっきりと覚えています。
ただ、あの主人が本当に人形だったのかは
あの店がどこにあるのかを
もう忘れてしまったので確かめることが出来ませんが
ひとつだけ言えることがあります。

私が迷い込んだあの森、地図にないんです。
あのあと森を抜けたとき、近くの交番に駆け込んで聞いてみましたが
そんな茶屋はないしそんな森も知らないとのことでした。
それに最初森に入る前のところから
出てきたところまでは30km以上離れているとのことです。

ただ、あの周辺に昔は寺があり、そこで
人形を供養していたということだけは事実だそうです…。

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